オウンゴール裁判第1審判決解説(続):東村山の洋品店に対する攻撃を「根拠が不十分なままされたもの」と断じられてしまった矢野穂積・朝木直子両「市議」


東村山市民新聞では断続的に「最終更新日」の修正が続けられているだけです(7月29日付、2011/07/28 14:58:31)。


さて、遅くなりましたが、7月2日付〈請願潰し裁判に続き、ブログのコメントをめぐり佐藤市議を訴えた裁判でもオウンゴールを決めた矢野穂積・朝木直子両「市議」〉の続きを書いておきます。


6月29日に言い渡された佐藤まさたか市議ブログ名誉毀損裁判第1審判決は、矢野穂積朝木直子両「市議」には「パーソナリティ障害等であることを疑わせるそれなりの言動及び行動があった」ことなどを理由に、ブログに投稿されたコメントをめぐる佐藤まさたか市議の責任を否定して矢野「市議」らの請求を却下しました。その根拠は、大きく分けて次の2つです。
(1)矢野「市議」らが、同僚市議やその支持者等を口汚く執拗に批判してきたこと
(2)矢野「市議」らが、洋品店店主への攻撃や少年冤罪事件をはじめ「不当な訴訟上の請求」を行なってきた例があること


このうち(1)については前回の記事で検討しましたので、今日は(2)について見ておきます。矢野・朝木両「市議」が100件以上の訴訟に関与してきたことはよく知られていますが、第1審判決では、矢野「市議」らに「パーソナリティ障害等であることを疑わせるそれなりの言動及び行動があった」と言えるかどうかを判断するため、そのいくつかに言及しています(以下、太字は引用者=3羽の雀)。

ウ(ア)原告らが当事者となった訴訟事件で、同被告の主張エ(ウ)a〜dの判決(手を結ぶ市民のニュース事件第一審判決、超党派でつくる新聞事件第一審判決、I事件第一審判決、T事件控訴審判決)がされ、それらの判決は確定したことは、当事者間に争いがない。
 (イ)これらの判決の中で、手を結ぶ市民のニュース事件第一審判決は、「原告矢野は物事を自分本位に解釈する、また、自分の憶測を理屈づけるとの論評及び本訴記事4の一人の異常と思える人間との論評の前提となる事実は相応の根拠があるということができる。」「原告矢野は訴訟を計画し、これをもって時には脅し、執拗なまでに実行するとの論評の前提となる事実は相応の根拠がある」「そして、パラノイアに関する論評は、上記各論評を前提にしたものであることからすると、表現自体はやや穏当さを欠くものであるが、当該論評の前提たる事実もまた相応の根拠があると認められる。」と判示した。


このうち「手を結ぶ市民のニュース事件」というのは、別名「パラノイア」裁判とも呼ばれている裁判です。草の根グループの議席の私物化を許さない会 『手を結ぶ市民のニュース』 (平成9〔1997〕年9月1日付号外)に掲載された次のような記述をめぐって矢野「市議」が市民団体を訴えたものですが、今回の判決でも引用されているように市民団体の論評に相当性が認められ、矢野「市議」が敗訴しました。


「矢野氏は物事を自分本位に解釈して、訴訟を計画し、これをもって時には脅し、執拗なまでに実行します。また自分の憶測を理屈づけ、朝木直子さんという媒体を巧みに利用し、多くの市民を味方に惹きつけようとしています。精神分析のリポートによりますと、パラノイア(偏執病・妄想病)の中でも好訴妄想者がこうした傾向を示す場合が多いと云います」


矢野「市議」は控訴しましたが、その後なぜか取り下げ、第1審判決が確定しています。矢野・朝木両「市議」は、「越境通勤市議」名誉毀損裁判佐藤市議が控訴を行なわなかったことについて、紙版東村山市民新聞」171号
〈佐藤まさたか市議、控訴せず、「越境通勤市議」を認める〉(第2面)
〈「越境通勤市議」で「公選法違反の疑い」のあることを認めたのです〉(第4面、朝木直子編集長)
と書いていますが、ということは、控訴を取り下げた矢野「市議」も、自らをパラノイアなどと評した上記の記述が正しいことを認めたということなのでしょう。


次に、今回の判決は「超党派でつくる新聞」事件第一審判決に言及しています。これは、朝木明代元市議や矢野「市議」が「いたずらに裁判」を起こす「裁判ごっこマニア?」で、「脅しに裁判を利用し」「自分たちを批判する者に対しては裁判をちらつかせて脅す人物」である旨の論評が問題にされた裁判ですが、
「当該論評は、亡明代及び原告矢野が市政に関連する事項について多数の訴訟を提起しているものの必ずしも多くの認容判決を得ているわけではないという事実に立脚しており、また、記事中には、相手方当事者に大きな負担が生じていることも合わせて指摘している部分があることに照らせば、人身攻撃に及ぶなど、意見ないし論評としての域を逸脱したものということはできないことは明らかである」(第1審判決)
「 控訴人矢野は極めて多数の訴訟事件を提起しているが、そのほとんどは敗訴に終わっていること、また、自分と意見が対立する者に対して、裁判を起こすなどと言っていたことが認められる」控訴審判決)
などとして、やはり矢野「市議」らの主張は排斥されました。


今回の判決の前掲引用部で触れられているI事件(少年冤罪事件)とT事件(ブティック店主名誉毀損事件)については後述するとして、矢野「市議」らのこのような体質については『月刊タイムス』事件でも争点のひとつになっています。このときは「原告矢野には、司法浪人の過去があり、その頃から訴訟で他人を恫喝した」等の記述が問題にされたのですが、2009年5月25日付〈「濫訴」レッテルを連発するクロダイくんと『月刊タイムス』事件判決と「パラノイア」裁判〉で振り返っておいた通り、この時は相当性が認められずに名誉毀損が認定されました。この事件について、今回の判決では次のように言及されています。

エ(ア)他方、同原告らの主張エ(エ)の判決(第1次月刊タイムス事件第一審判決、第1次月刊タイムス事件控訴審判決、東村山の闇事件控訴審判決)がされ、それらの判決は確定したことは、当事者間に争いがない。
 (イ)第1次月刊タイムス事件第一審判決は、I事件第一審判決が指摘するとおり、原告矢野が証拠による裏付けがいささか弱いような事案であるにもかかわらず、訴えを提起したことがあったことは認めたが、昭和50年以降、数十件もの損害賠償請求や住民監査請求の訴えを提起し、勝訴したものもあることを認定し、結局、原告矢野がさしたる法律的根拠もなく民事訴訟を提起する人物であるとの事実は認められないと判断した。
 (ウ)a 第1次月刊タイムス事件控訴審判決は、原告矢野がさしたる根拠もなく訴訟を提起する人物であると信じたことに相当の理由があったか否かを検討し、〔1〕当該事件における被告が挙げるI事件、〔2〕超党派でつくる新聞事件における被告の尋問結果、〔3〕T事件におけるTに対する原告矢野の言動についての原告Tの本人尋問結果は、いずれも平成10年から12年にかけて行われたものであり、問題となった雑誌が出版された平成8年よりも後であるから、当該事件の被告らの相当性判断の基礎とはなり得ないと判断した。
 b しかし、平成19年にされた本件3投稿を問題とする本件訴訟においては、上記3つの根拠は、相当性判断の根拠として使用できるものである。


このように、問題となった『月刊タイムス』が出版された当時は「矢野がさしたる法律的根拠もなく民事訴訟を提起する人物であるとの事実は認められ」なかったとして相当性が否定されたわけですが、その後に生じた事情によって、別段の判断をしうる可能性が高くなったと東京地裁は考えたように思われます。


その後に生じた事情の筆頭に挙げられているのが、矢野「市議」らが起こしてきた裁判の中でも最も悪質なもののひとつに数えられるI事件(少年冤罪事件)です(エアフォース〈少年冤罪事件〉も参照)。しばしば指摘されてきたように、この事件の第1審判決では、
「仮にも公職にある者がこの曖昧な記憶に基づき、しかも司法警察職員による捜査がなされながら刑事訴追の手続きが執られていない被告を名指しで犯人であると断定している点において極めて特異であると言わねばならない」
とまで指摘されました。そのくせ、いまだに
代理人弁護士が控訴理由書を出さないという考えられない背信行為のため形式上敗訴したが、犯人を知る目撃者が『逆恨みされるから証言できない』と供述し、事実上,、襲撃犯が確定した」
などという醜い言い訳を公然と東村山市民新聞」に掲載し続けているのですから、ますます特異かつ悪質です(「逆恨み」の件についてはエアフォース〈少年冤罪事件第4回を参照)。



今回の判決では、次に「〔2〕超党派でつくる新聞事件における被告の尋問結果、〔3〕T事件(ブティック店主名誉毀損事件)におけるTに対する原告矢野の言動についての原告Tの本人尋問結果」に言及されています。具体的にどのような内容の尋問が参照されているのかはよくわからないのですが、エアフォース〈万引き被害者威迫事件〉で詳細に報告されている矢野「市議」の言動に関わるものでしょう。


万引き被害者威迫事件では、矢野「市議」が万引き被疑事件の舞台となった洋品店を1日に3回も訪れ、最後に
「オーナーに無実の人を訴えると罪になると伝えてください」
と言い残していったとされます。この発言の有無は『東村山通信クラブ』事件で争われましたが、このような発言が行なわれたと「みる余地は十分に」あること、仮にそうでないとしてもこのような発言があったと信ずるに足る相当な理由があったことが認定されました(第1審判決)。さらに、『東村山通信クラブ』事件では同時に矢野「市議」が別件裁判の書面で本件発言に関わる反訳書の改竄を行なったかどうかも争点になったのですが、東京高裁は、
「3回目に訪ねた際に控訴人〔矢野〕がした『人を訴えると罪になると伝えてください』との発言が記載されていないことは、事実に反するものといわざるを得ない」
「本件反訳書(会話記録)に記載された訪問の回数と訪問時間が事実に反し、また、上記発言が記載されなかったことも、控訴人が意識的にしたものと考えられる」

という踏み込んだ認定を行なっています(エアフォース〈万引き被害者威迫事件最終回参照)。今回の判決でどの程度このあたりの話が踏まえられているのかはよくわかりませんが、あらためて振り返ってみると、なるほど矢野「市議」らに「パーソナリティ障害等であることを疑わせるそれなりの言動及び行動があった」と言われてしまうのも無理はないような気がします。


結果として、今回の判決では次のように指摘されました。

オ(ア)意見ないし論評を表明する自由が民主主義社会において不可欠な表現の自由の根幹を構成するものであり、不法行為法上違法とならないことと、不法行為法上は違法ではない意見を表明した者が公選の公務員としてふさわしいか否かを判断するために、そのような意見表明がどの程度の根拠を有してされたか、その際の表現方法が過激なものかについて論評することは、別問題である。
 (イ)a この観点から上記イ〜エの事実を検討すると、原告らの言動及び行動には、監査請求等による成果など馴れ合いに陥りがちな地方自治体の運営に市民の視点から活を入れるものがあったと評価できるものがあるが・・・、I事件の提訴、Tに対する攻撃など根拠が不十分なままされたものも混在していたものである。公選の公務員としての適格性を有するか否かを判断するに当たっては、不当な訴訟上の請求の存在は、それが多くの訴訟上の請求の全部ではない場合であっても、当然批判の対象となるものである。


少年冤罪事件および洋品店店主に対する攻撃は「根拠が不十分なままされたもの」であり「不当な訴訟上の請求」に当たると判断されてしまったようです。言っても無駄だとは重々承知していますが、このような公職者の情報操作に乗っかって洋品店を襲撃し、またはその襲撃を容認・支持してきた連中には猛省を促したいものです。


なお、矢野「市議」らは『東村山の闇』事件判決によってブティック店主名誉毀損事件判決の判旨が否定されたなどという恥知らずな主張を例によって行なったようですが、次の通り一蹴されました。

原告らは、東村山の闇事件控訴審判決はT事件控訴審判決の判旨を否定している旨主張するが、「控訴人ら(注・原告ら)において、本件窃盗被疑事件について明代が犯人でないことをうかがわせる証拠があると信ずるについて相当の理由がないとはいえない」として、警察の捜査や広報のあり方についての批判が名誉毀損にならないこと(東村山の闇事件控訴審判決)から直ちに、私人である「被控訴人(注・T)が創価学会公明党と共謀の上、本件万引き事件をねつ造して故明代を罪に陥れようとしたとの事実」を「真実と信ずるについて相当の理由があった」ことにはならないものであるから(T事件控訴審判決)、上記原告らの主張は理由がない。


請願潰し裁判の場合と同様、矢野「市議」らは今回の判決についても(控訴審で逆転勝訴しない限り)ダンマリを決め込み続けるのでしょう。このような対応は、「公選の公務員としての適格性を有するか否か」をめぐって矢野「市議」らにぶつけられ続ける厳しい批判の正当性をますます高めるだけです。