謝罪もせず、寄付金詐取疑惑についてもダンマリを決め込みながら「集団ストーカー被害者」化する中村克


『最後のパレード』著者として著作権侵害問題に関する責任をサンクチュアリ出版と共有する中村克サンが、ますます迷走しています。その発言については2ちゃんねる【盗作】最後のパレード 中村克と草の根@東村山【疑惑】〉(現在第64幕)を中心に綿密にフォローされていますし、なた5963さんも〈中村克の間違い指摘〉や〈真っ黒すぎる中村克〉で拾ってくれていますが、やはり次の発言は許しがたいので、こちらでも記録しておきましょう。


「最後のパレード」に関して謝罪したい用意はあります
〔コメント引用省略〕
原著者に何と謝罪すればいいのですか。教えてください。
商業出版社にもかかわらず、基本的な著作権法を全く理解していなかったサンクチュアリ出版を信じてしまい、サンクチュアリ出版主導の海賊版の出版に加害者として加担してしまったことを謝罪する用意はありますが・・・
「最後のパレード」に関する公的見解*1はこちらから
http://gpscompany.blogdehp.ne.jp/article/13542496.html


簡単なことです。結論から言います。2009年9月17日付〈再掲 良い侵害、悪い侵害?〉で表明したように、
「結果的に他人の著作権を侵害したこと」
について自分の非を認め、ブログ等で謝罪文を公表するとともに、連絡先がわかっている著作権者(「小さな親切」運動本部エピソードを盗用された元キャスト、OLC〔PDFファイル〕)を(手土産のひとつでも持って)訪問し、誠心誠意、頭を下げればいいのです。



サンクチュアリ出版との責任のなすり合いは、謝罪を済ませてから勝手にやればよろしい。そもそも、サンクチュアリ出版に対しても、
「この本によって何らかの損害が生じたと訴えられる方がいらっしゃった場合にも、誠意を持って賠償を行っていく所存です」
と表明していたではありませんか(出版後にサンクチュアリ出版に提示された「エピソードの版権問題」対応案〔PDFファイル〕)。




その際、「大きな白い温かい手」(『最後のパレード』所収)のオリジナルである「あひるさん、ありがとう」の原著者に対しては、文章のあちこちを勝手に改ざんして御主人との思い出を(結果的に)踏みにじったこと、矢野穂積「市議」のような人物を巻き込んで二次的・三次的被害を与え続けたことについての謝罪もお忘れなく(これについては以下の記事を参照)。


これがきちんとできれば、少なくとも著作権侵害問題をめぐる中村克サンへの批判は(同様のことを繰り返さないかぎり)落ち着くでしょう。しかしまあ、次のような文章を堂々と公にしているようでは、心からの謝罪など無理なんでしょうね。


私は叫び回りました。ティッシュの箱を床に投げつけ、イスをたたき、全身全霊を注いで怒りと恨みの念を礼拝堂にぶつけました。
「(サンクチュアリ出版の)○○、裏切り者!金の亡者め!」
「読売新聞の○○は人間のクズだ!」
「ネットで私を苦しめる奴らはテロリストだ!」
「なんで、私が世間から白い目で見られなくてはいけないんだ、私はやましいことはなにもしていない!」
「私は本気で社会貢献に金を費やすつもりだった。なんで分かってもらえない、バカヤロー!」


こう叫び回った後に「そうだ、私を苦しめている人たちを悟らせればいいんだ」という結論に至ったそうですから、依然としてこれらの言葉が中村克サンの本心だということです。「怒り、恨んでいる者の名前を出して叫んでもかまいません。全部出し切りなさい」とアドバイスしてくれたC氏は、その上で自分を見つめ直すことにより救いが訪れると言いたかったのではないかと思いますが、中村サンの場合は自己正当化の念と被害妄想が強化されただけでした。まして、こんなことをブログで公にするとは夢にも思わなかったのではないでしょうか。


ところで、「本気で社会貢献に・・・費やすつもりだった」寄付金、しめて177万6600円(『創』8月号「ベストセラー『最後のパレード』盗用疑惑で回収の顛末」〔笹倉哲平〕による)の行方はけっきょくどうなったんでしょうか。今回の記事でリンクされている「公式見解」にも「当初はユニセフへの寄付金の返還要求にも応じていただけませんでした」と書いてありますから、普通に読めば、中村サンが(なぜか)受け取ったという理解になります。2ちゃんねるでもさんざん質問されていますが、一向に説明がないということは、寄附すべき浄財を詐取したと見なされてもしょうがありませんよ。この件は、私も何度も取り上げてきたんですけれども。

【追記】(12月8日)およそ半年近く経ってようやく一応の説明魚拓)がありましたので、けっして十分なものではありませんが、付記しておきます。(追記終わり)


上述のように叫び回ってすっきりし、「悔い改めた私も、私を苦しめたすべての人を許しているのは言うまでもありません」と誇らしげに宣言した中村サンは、しかし、その舌の根も乾かぬうちにこんな記事をアップしました。


半年経ってもいまだに私を苦しめ続けている方々へ
>あらいざらい事実関係を話せばいいんだよ。 事実関係の陳述ね。これが大切。
来年は、私が法務を委託している(誰でも知っている)弁護士などと協議し、関係者への法的措置をとらせていただきます。
この件は、12月に私のブログで明らかにします。
私の弁護士の実名を知りえる方法は一つです。それはサンクチュアリ出版に確認するだけのことです。おそらく、サンクチュアリ出版は答えないと想定します。その場合、私がサンクチュアリ出版側の(悪に支配された)弁護士事務所を明らかにします。


「関係者」というのが誰を指しているのかはわかりませんが、半年経ってもいまだにまともな説明も謝罪もできず、返還された寄附金の状況についてさえ明らかにできない中村サンが、いったい何を脅しめいたことを書いているのでしょうか。弁護士が誰だろうと構いませんが、まさか中田光一知先生(現・中田総合法律事務所)じゃないでしょうね。「弁護士などと協議し」「など」も気になりますが、ひょっとしてまだ矢野穂積「市議」にすがりついたりしてるんでしょうか。


最後に、中村サンがアップしていた次の記事について。


ふ〜ん・・・怖いですががんばります
過去記事をアップしました。
http://gpscompany.blogdehp.ne.jp/article/13567471.html
以前は「羊たちの沈黙 + 意味」で検索するとこの記事が5番目位に検出されました。今は、「検索外」です。
以前にも同じことがありました。皇室関係のことを書いた(皇室を賛美する)記事を書いたところ、その記事が一切検索できなくなったことを経験しています。
怖いことです。私は決して見えないテロリストの戦いでの「戦死」を恐れません。でも、このようなことが許されてはいけないと思いますが、皆さんはどのようにお考えになりますか。


いちいち実例は示しませんが、「集団ストーカー被害者」の中にはよくこういうことを言っている人がいます(主なブログは、心身ともに安定しているときに私のRSSリーダーを参照)。まあもともとそういう素養のあった人ですから、そっち方面に流れていくのもしかたがないというべきでしょうか。


ちなみに、「羊たちの沈黙 意味」で検索すると、再掲された記事が13ページ目に出てきました。「13」という数字に、また怯えるのでしょうか。



〔この記事は、11月24日の深夜(日付は25日)にアップしたものです。〕

*1:中村サンの繰り言が「公的」見解になるわけはありませんので、これは「公式見解」の間違いです。これについてのコメントは、10月1日付〈【脱力】中村克サンが『最後のパレード』問題で「公式見解」を発表〉参照。