スイスを絶賛するなら刑法の人種差別禁止規定にも目を向けましょう


東村山市民新聞では「最終更新日」の修正が黙々と続けられています*1


ところで、桜井誠在特会会長が〈アニメ・マンガ規制 断固反対!〉というエントリーをアップし、12月15日に可決された東京都青少年健全育成条例改正に(今更ながらに)「断固反対の意思を表明」しました。彼によれば、「今回の改正案を懸命に進めてきたのは公明党であり、その最終目的は、人権擁護法(人権救済法)を成立させて
公明党の本体である創価学会(とくにその親玉である池田大作)への批判をすべて『差別』として取り締まりの対象とし、最近急増している在日学会員を人権擁護委員として送り込むこと」
にあるそうです。


いちいち指摘する必要がないほど間違いだらけで、こんな認識をもとに
「この事実関係が分かっているからこそ、私は東京都の青少年健全育成条例改正に断固反対します」
などと胸を張られてもアホかとしか言いようがないわけですが、
「アニメやマンガへの規制断固反対を主張するデモ行進を来年1月中旬に予定しています。また、可能であればデモ前に今回の規制問題についてのパネルディスカッションを開けないか調整中です。詳細は年明け以降に発表する予定ですが、日本のアニメ・マンガ文化を守るために一人でも多くの皆さまが参加されますことをお願い申し上げます」
とのことですので、日本のアニメ・マンガ文化を守りたいと考えている方々はご注意ください(なお、12月25日のニコ生では、デモ行進は1月15日にやると言っていた模様です)。


さて、すでにおよそ1カ月前の話になりますが、スイスで行なわれた国民投票で、重罪(殺人、性犯罪、麻薬・人身売買、強盗等)を犯した外国人や社会保障を悪用した外国人を自動的に国外追放とするよう求める提案(スイス国民党)が52.9%の僅差で承認されるというニュースがありました。今後、憲法や国際条約に反しない形でこの結果を具体化するための立法作業が進められる見込みですが、これに飛びついたのが襲撃する運動界隈の人々です。


おつるさん金友などはついでにスイスの国民皆兵制にも言及し、同国を絶賛しています。


「人権上の観点から懸念を表明するのは悠長な日本のメディアのみ」という有門の思い込みとは裏腹に、欧州委員会(EUの機関)、欧州評議会、国連人権高等弁務官事務所などからすでに懸念の声があがっているようですが、それはともかく、それほどスイスに学びたいのであればもうひとつ目を向けるべき領域があるでしょう。


スイスは1994年11月29日に国連・人種差別撤廃条約に加入しましたが(日本はそのほぼ1年後の1995年12月15日に加入)、その際、刑法改正を行なっていわゆる反人種差別規定を導入しました。1995年1月1日から施行されている同規定(刑法261条bis)の内容は次の通りです。

人種、民族または宗教に基づく個人ないし個人の集団に対する憎悪・差別を公に扇動した者、
いずれかの人種、民族的集団または宗教の構成員を系統的に貶めたり中傷したりする思想を公に推進した者、
このような目的を有する宣伝活動を組織し、支援しまたはこれに参加した者、
言葉、文章、描画、仕草、暴力行為または他のいずれかの方法を通じ、個人または個人の集団を、その人種、民族もしくは宗教に基づいて、その人間の尊厳を傷つけるようなやり方で貶めたり差別したりした者、またはこれらのいずれかの理由に基づいてジェノサイドその他の人道に対する犯罪を否定したり、甚だしくごまかしたり、正当化しようとしたりした者、
または、公衆一般に提供されている便益を、人種、民族または宗教を理由として個人ないし個人の集団に提供しなかった者は、
3年以下の禁固または科料に処す。
(訳出にあたっては、Mark Weber, "Switzerland's Anti-Racism Law"に掲載されている英訳を基本とし、Legislationline.org に掲載されているフランス語正文も参照した)


この規定を批判的に紹介している Mark Weber によれば、この刑法改正は1992年12月にスイス連邦議会下院で、1993年3月に同上院で可決され、1994年9月25日に実施された国民投票において、54.6%の僅差で承認されたということです。この結果を確認して、スイスは人種差別撤廃条約への加入に踏み切ったということでしょう。


ちなみにスイスは、このような表現規制を定めた同条約4条について、日本と同様に留保を付しています(4条の内容については3月16日付〈国連人種差別撤廃委員会のヘイトスピーチ関連勧告〉など参照)。


日本「日本国は、あらゆる形態の人種差別の撤廃に関する国際条約第4条の(a)及び(b)の規定の適用に当たり、同条に『世界人権宣言に具現された原則及び次条に明示的に定める権利に十分な考慮を払って』と規定してあることに留意し、日本国憲法の下における集会、結社及び表現の自由その他の権利の保障と抵触しない限度において、これらの規定に基づく義務を履行する」
スイス「スイスは、特に世界人権宣言に定められた意見の自由および結社の自由を正当に考慮しながら、第4条の実施のために必要な立法措置をとる権利を留保する」


しかし、日本のように何らの立法措置もとらずに条約を批准することはやはり問題であると政府も議会も考えたのでしょう。4月1日付〈「襲撃する運動」が野放しにされている状況こそ「世界の非常識」〉でも指摘した通り、これが世界の趨勢というものです。


スイスが2007年4月に国連・人種差別撤廃委員会に提出した報告書によれば、1995〜2002年にかけて同規定をもとに212件の訴追が行なわれ、うちおよそ半数が棄却された一方、終局判決が言い渡された110件の8割以上で有罪判決が出ています(パラグラフ99)。また、人種差別のシンボルを公の場で表示・着用することを犯罪化する方向での検討も進められているということです(同109)。


また、やはり4月1日付〈「襲撃する運動」が野放しにされている状況こそ「世界の非常識」〉で簡単に紹介した「コンピューター・システムを通じて行なわれる人種主義的・排外主義的性質の行為の犯罪化に関するサイバー犯罪条約の追加議定書」(2003年採択/2006年発効)についてもスイスは署名を行ない、将来的な批准の意思を表明しています。スイスに学ぼうというのであれば、こういうところも参考にする必要がありましょう。


なお、スイスの外国人問題については次のような文献がありましたので、紹介しておきます。


また、日本国内における人種差別撤廃条約の司法適用例については2009年12月27日付〈けっきょく「言った」「言ってない」の争いだった西村修平・婚外子差別発言裁判と、「民族主義者」「人種主義者」イメージの打ち消しに必死な瀬戸弘幸サン〉でいくつか紹介してありますので、あわせてご参照ください。

*1:12月26日付(2010/12/25 18:22:04)・12月27日付(2010/12/26 18:09:19)・12月28日付(2010/12/27 17:09:38)。