大阪府・京都府は迷惑防止条例改正によるヘイトクライムの抑止を検討すべきではないか ※追記あり


東村山市民新聞は、昨日、1日空けて「最終更新日」を修正しただけでした(5月13日付、2011/05/13 12:13:59)。


せと弘幸Blog『日本よ何処へ』裁判対創価学会街宣名誉毀損裁判(控訴審)についてまだまだ指摘しておきたい点もありますが、その前に在特会の動向を拾っておきます。3月2日、桜井誠在特会会長サイモン・ウィーゼンタール・センター(米)について次のように書いていました。


(略)芸能活動は自由の上に成り立つビジネスであり、今回の発狂ユダヤ人団体のいちゃもんに簡単に屈するということは、今後も様々な形で表現の自由をチェックされユダヤ人様のお気に召さない表現は許されないということになるのです。
日本への不当な圧力をかけようとするこの狂信カルト団体については今後断固として抗議するつもりですが、皆さまにも今回の問題の本質をよくよく考えていただきたく記事を掲載しました。
(太字は引用者=3羽の雀)


同センターに「断固として抗議する」という話はどうやら沙汰やみになったようですが、このようなことを書く人間が、テレビ朝日の『ハガネの女』打ち切りを求めて常軌を逸した抗議街宣を行ない、出演者の事務所やスポンサーにまで圧力をかけていこうとしているわけです。


(略)とまれ、こうした数字も踏まえてドラマの打ち切りを強く求めて1時間以上にわたったテレビ朝日側との直接交渉は終了しました。今後、この番組のスポンサーなどに対して企業コンプライアンスを糺していくとともに、犯罪推奨番組のスポンサーとなった経緯について直接伺って事情聴取する予定です。


スポンサー(広告主)に対して圧力をかけるというのは、桜井も前掲記事で言及している『マルコポーロ』廃刊事件のときにサイモン・ウィーゼンタール・センターがとった手法そのものです。なるほど「狂信的カルト団体」ですか、そういえば5月7日の報告集会もそんな感じでしたね。けっきょく、「襲撃する運動」界隈が口にする「表現の自由」などは、どこまでいってもご都合主義的なものでしかないというわけです。


このような連中が、大阪で再びヘイトスピーチをばらまこうとしています。


乞食チョンコは、祖国から餌を貰え! 街宣巡りの旅 今里〜鶴橋
【日時・場所】
14:00〜14:50 今里の「ライフ」前歩道
↓ 全員で一列で移動します。
15:20〜16:30 鶴橋駅前歩道
【生中継】
予定していません
〔中略〕
【主催】
在特会・大阪支部
【協賛】
在日特権を許さない市民の会 関西各支部
【経緯】
自己責任で無年金者になりながら、「年金貰えないから、生活保護を貰わないと生活出来ない」と恥も外聞もなく、大阪市から生活保護を貰い、日本国民の税金で餌を喰らう生野区のチョンコに対して、怒りの声を上げます。
犬でも3日飼うと一生恩を忘れないといいます。チョンコは36年間に亘り先人たちが心血を注いで近代化の為に尽力したにも関わらず、その恩を3分で忘れて「朝鮮進駐軍」に変貌した。
そして、戦後に多くの同朋の生命・財産・大和撫子の操を「殺し尽くし」「奪い尽くし」「犯し尽くし」たのが生野区のチョンコどもです。
老い先短い、チョンコのジジィ・ババァを救済するには、生きている間に「償い」「後悔」「反省」をさせなければなりません。死んでからでは「償い」も「後悔」も「反省」も出来ません。
生野区のジジィババァチョンコの救済の為の時間は、余り、残されておりません。
かつて「日本人」だった同胞でもある生野区のジジィババァチョンコに、日本国民が最後にしてあげれるのが、「正義の鉄槌」です。
「良い朝鮮人は息をしなくなった朝鮮人だけ」をスローガンに街宣を行います


もはやコメントする気も失せるほど非道い内容です。在特会は、京都朝鮮学校襲撃事件をめぐる民事裁判
在日コリアン一般を敵視するものではない
などと言い訳していましたが、
「良い朝鮮人は息をしなくなった朝鮮人だけ」
などという、フィリップ・シェルダン(「よいインディアンとは、死んだインディアンの事だ」)以来のアングロサクソン的人種主義思考を今もなお受け継ぐ連中が、どの口でそんなことを言うのでしょうか。京都朝鮮学校弁護団は、この告知も証拠として裁判に提出するとよいでしょう。


同様の告知は在特会公式サイトにも掲載されましたが、なぜか「チョンコ」「在日」に修正されています(また、協賛にチーム関西が加わっています)。



投稿したのは、水平社博物館前で「エッタ出てこい。どエッタ」などと差別発言を連発した川東大了・在特会副会長であり、今更「チョンコ」に気を遣うような神経を持ち合わせてはいないと思いますが、何があったのでしょうか。


在特会は、昨年3月6日にも京都の在日高齢者向け施設「エルファ」を襲撃しようとして阻止されています。


子どもを標的としてデモを行なったカルデロン事件と同様、今回もまたとくに弱い者を標的としてヘイトスピーチを浴びせかけようというわけです。歩道を一列で歩いていくということは、デモとしての届け出は行なっていないのでしょうか。


2010年4月1日付〈「襲撃する運動」が野放しにされている状況こそ「世界の非常識」〉、2011年4月22日付〈京都朝鮮学校/徳島県教組襲撃事件の執行猶予付判決でますます高まるヘイトクライム犯罪化の必要性〉などで指摘した通り、このような行為がほとんど野放しになっている法的・制度的状況はやはり何とかしなければならないのではないか。京都府大阪府とも迷惑行為防止条例を制定していますから、まずはこれを改正し、街頭での露骨なヘイトスピーチを規制するのが現実的かとも思われます。どこまでを規制するかについてはいろいろ議論がありましょうが、これ以上被害者が増える前に、真剣な検討を開始すべきです。


【追記】(5月15日)
チーム関西の告知が以下のように加筆修正されました(修正前の告知の魚拓)。

【経緯】
国民年金制度への強制加入は日本政府による同化政策である。我々は朝鮮人であり、祖国が統一すれば、帰国するのであるから、日本で老後を迎える事もない、よって、日本の国民年金制度には入る必要もない。
として、自己責任で無年金者になりながら、「年金貰えないから、生活保護を貰わないと生活出来ない」と、大阪市から生活保護を貰い、日本国民の税金で生活をする生野区の在日朝鮮人に対して、怒りの声を上げます。
犬でも3日飼うと一生恩を忘れないといいます。朝鮮人は36年間に亘り先人たちが心血を注いで近代化の為に尽力したにも関わらず、その恩を3分で忘れて「朝鮮進駐軍」に変貌した。
食糧倉庫を襲い、日本人の食料を略奪した為に、多くの戦災孤児が命を落としました。
その様子は「蛍の墓」でも描かれております。
戦場から祖国の妻や子供に「子供を宜しく頼む」「妹や弟の面倒をしっかり見て母を助けてやれ」と手紙を託して散華された英霊の方々の無念はいかばかりか・・・
そして、戦後に多くの同朋の生命・財産・大和撫子の操を「殺し尽くし」「奪い尽くし」「犯し尽くし」たのが生野区の朝鮮人どもです。
GHQの出した残飯を貰ってきて、髪の毛やコンドームまで混じっているまま、スープにして我々のおじいちゃん・おばあちゃんに食べさしてボロ儲けもしました。
「はだしのゲン」でも、主人公の知り合いの朝鮮人が、戦後にしばらくして会うと、大金持ちになっていて、主人公に当時では大変貴重な「粉ミルク」をいくらでも持って行けと言っておりました。
そのような、極悪非道の限りを尽くした朝鮮人が生野区には(生活保護を貰って)多く住んでいます。
老い先短い、朝鮮人のおじいさま・おばあさまを救済するには、生きている間に「償い」「後悔」「反省」をさせなければなりません。死んでからでは「償い」も「後悔」も「反省」も出来ません。
生野区の朝鮮人のおじいさま・おばあさまの救済の為の時間は、余り、残されておりません。
かつて「日本人」だった同胞でもある生野区の朝鮮人のおじいさま・おばあさまに、日本国民が最後にしてあげれるのが、「正義の鉄槌」です。
「良い朝鮮人は息をしなくなった朝鮮人だけ」をスローガンに街宣を行います
と、いう事で去年、大阪市では生活保護を受給する外国人の数が10000人を超えました。12人に1人(8.3%)の割合です。この原因を作っているのが、生野区を中心とする在日朝鮮人の高齢者です。
その現状において、日本人が一年間に2万人、生活苦を原因に自殺している。
果たして、外国人の生活困窮者(しかも自己責任)を自国民を犠牲にしてまで救済しなければならないのか?
答えは「ノー」であります。これをハッキリと言えない日本人が多すぎるのです。
「生活保護を貰えなければ、食べて行けない、首を吊るしかない」と言う朝鮮人に「どうぞ、勝手に死んでくれ」と言える日本人が今、必要なのです。
その覚悟を問う街宣です。